ヨーロッパ企画の長編映画第1作目「ドロステのはてで僕ら」に続く、長編第2作目となる映画。監督は山口淳太。原案・脚本は上田誠。主演は藤谷理子。京都にある貴船神社と料理旅館「ふじや」の全面協力を得て撮影1 された。
あらすじ
冬の京都、貴船にある老舗料理旅館「ふじや」で働く仲居のミコトは、貴船川のほとりで何かを考えてている。その後ミコトは仕事に戻るが、突然2分前に居た川のほとりに戻される。その現象はミコトだけではなく、旅館のスタッフや宿泊客にも同様に発生していた。彼女らは繰り返される2分間に困惑しながらも、力を合わせてループから抜け出そうとするが…。
2分間で何ができる?
この映画がループものと一線を画す要素が2つある。一つ目は2分間という絶妙な長さのループ間隔だ。二つ目は登場人物全員が同時にループする点だ。どちらもあまりない設定で特徴的だが、さらにこの二つの要素が組み合わさることで面白さは倍増している。2分間で2分前の位置(初期位置)に戻ってしまうため、問題の解決に向けて何も行動することができないではないかと一見思ってしまう。しかし登場人物全員がループしているため、情報共有ができ、役割分担をして問題解決を図れるのだ。全員で団結できるため、一人だけループしている時のような孤独がないのが好きな点だ。そしてループに巻き込まれた人々は各々自身のループする前にしていた現象に惑わされる。熱燗を作れなかったり、雑炊を食べ続けたり、シャンプーが洗い流せなかったりする姿に思わず笑ってしまう。当人たちからしたら大問題だが、混沌を極める旅館はお祭りのような賑やかさがあり楽しい。
ループへの憧れと恐れ
劇中では作家のオバタが締切間近で原稿ができていない状況を憂いていた。しかし時間が進まないことを知り大いに喜んでいた。ループしているという状況は、普段から時間に追われて生活している人にとって最高のシチュエーションと言えるのではないだろうか。ループをしている間は締め切りや時間に追われなくて済むのだ。ループから抜け出せる方法がわかっているのなら、私もループを体験したいと漠然と思った。
しかし最悪なことに、ループを繰り返すうちに殺人や自殺をするものまで現れる。そのような出来事が起こることに気づくと、ループする世界への憧れというものも冷めてしまう。もしループするなら自分一人だけでしたいものだ…。
ミコトが主人公の理由
私はループから抜け出すための糸口を見つけた板前のエイジを純粋に尊敬する。彼はループについての説明会を開いて人々に共通の認識を広め、周囲の状況についての情報収集をすることでループの原因を突き止めた功労者だ。さらに彼は2分間で時間がリセットされると分かっていると好き放題やってしまう人間が現れるということにいち早く気づき、旅館のみんなに警告をしていた。彼を主人公に据えても物語として十分成立しただろう。いやむしろ彼の方が主人公のような性格をしている。なぜ彼が主人公ではないのだろうか。
私はその理由として、この映画をただのタイムループミステリーにしないためではないかと考えた。エイジとミコトは対象的な人物である。彼はループから抜け出すために論理的に思考をするが、彼女はループから抜け出さないために感情に従って行動をする。彼女を突き動かすのはタクへの感情だ。エイジが主人公の場合、この映画の主軸はミステリーになるが、ミコトが主人公の場合、主軸は恋愛になる。恋愛面で見ると、雪の中でミコトとタクが逃避行をするシーンは素敵だ。追われる身となった二人が2分間の束の間のランデブーに興じる姿はキラキラと輝いて見える。タクと一緒に逃げるミコトは喜びで溢れ、観ているものに幸せな気分を伝播させる。この映画の主人公がミコトでなければ、このシーンから得られる幸福な感情はなかっただろう。
総括
本作は、繰り返す2分間に巻き込まれた人々の群像劇であり、恋愛を通したミコトの成長を描いている。また、劇団が制作を担当しており、SFとコメディを融合させた独特の世界観を軽やかに親しみやすく描いている。かけがえのない奇跡のような2分間からは、じんわりと人間の温もりが感じられる。万人にオススメの映画だ。
以上。