「悪魔と夜ふかし」(原題:Late Night with the Devil)は、2023年に制作されたオーストラリアのホラー映画。監督・脚本・編集は、コリン・ケアンズとキャメロン・ケアンズ。彼らはオーストラリア・メルボルン出身で、以前には「モーガン・ブラザーズ」(2012年)や「スケア・キャンペーン」(2016年)などのホラー作品を手掛けている。主人公のジャック・デルロイ役は、デヴィッド・ダストマルチャン。彼は『ダークナイト』(2008年) でスクリーンデビューし、『アントマン』シリーズ(2015年、2018年、2023年)、『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021年) などの大作からインディペンデント作品まで幅広いジャンルの映画に出演し、その演技力の高さで評価されている。
あらすじ
1977年のハロウィンの夜。深夜のトークバラエティ番組「ナイト・オウルズ」の司会者ジャック・デルロイは、低迷する視聴率を挽回するための特別企画に挑む。当初は霊能力者や懐疑論者、科学者など様々なゲストを呼んだショーを行う予定だった。しかし企画は序盤からハプニングに見舞われ、番組の雲行きは怪しくなる。クライマックスとして、ジャックは悪魔崇拝カルトの生き残りである少女リリーを招き、テレビ史上初の「悪魔の生出演」を目論むが…。
訪れた2つの邪悪
番組の最初に出演した霊能力者クリストゥ。一見すると胡散臭い彼だが、ショーの後、彼に異変が生じる。頭を押さえて何者かの存在を示唆する発言をする。そして顔色が悪くなり咳が止まらなくなった彼は、唐突に口から黒い粘性の液体を吐き出す。なぜあんなにも苦しんでいたのは、やはり彼が本物の霊能力者だったからだろう。邪悪な存在を敏感に捉えてしまったのかもしれない。そして彼が示唆したのは存在は、主人公ジャックの亡くなった妻だった。私が疑問を感じた点はここだ。クリストゥが感じ取ったのは悪魔の存在ではなく、亡くなったジャックの妻だったということだ。なぜジャックの妻の霊が彼をあんなにも苦しめたのだろうか。
ジャックの参加した儀式によって、彼の妻が悪魔と結びついたからではないかと私は考えた。映画の冒頭、ジャックは怪しげな宗教の儀式に参加している噂があったと説明される場面がある。彼はその儀式に参加し、全米No.1の視聴率獲得を願った。その欲深い願いは悪魔に届いた。儀式が成功した結果、ジャックの妻は邪悪な存在となってしまった。その存在は悪魔に憑かれた少女リリーと共にジャックの元に来訪したのだ。つまりあの番組には2つの邪悪がいたことになる。リリーに取り憑いた悪魔と、ジャックの妻だ。悪魔は現実で物理的にジャックの命を脅かしていたが、ジャックの妻は精神的にジャックの心を揺さぶってた。現実世界と精神世界の両側面から、ジャックは邪悪の板挟みになっていたのではないだろうか。
悪魔に育てられた少女
悪魔を崇拝するカルト宗教で育てられた少女は、超心理学の教授による治療を受け、ある程度社会に順応しているように見える。普段は問題なく人間と接しているリリーだが、彼女は時折ミスター・リグルスという謎の存在に憑依される。ミスター・リグルスは恐らく悪魔だ。時折リリーの身体を乗っ取り、スタジオにいる人々を惑わす言動をとる。ミスター・リグルス(以下、悪魔)が現れるシーンは一時的にリリーの身体を乗っ取っているように見える。しかし私は既に悪魔がリリーの全ての行動を支配しているのではないだろうかと考える。リリーは普段お行儀よく振る舞っているが、それは悪魔が彼女を操れていないのではなく、あえて操っていないのではないだろうか。リリーは番組のCM中、ジャックに彼の亡くなった妻の声で話しかける。その時は憑依されている様子ではない。悪魔はいつでもリリーを完全に自由に動かすことができるが、あえて周囲の人間を弄びたいがためにリリーをある程度自由にさせているような印象を受けた。
悪魔の見世物となった主人公
番組が進むにつれて演出と現実と幻覚の境目が徐々に溶け合い、ショーは混沌を極める。本当にTVショーなのかどうかを判別することはできなくなり、起こっている状況を理解することはできなくなる。デルロイは悪夢の中にいるような状況で、以前放映した番組の収録を追体験する。そして何か液体が入った盃を飲み干し、死んだはずの妻に再会する。いや、これは回想なのかもしれない。全てがショーのようにも見えるが、明らかに大衆向けのTVショーではない。このショーは誰を楽しませるためのものなのか。そう考えると、これは悪魔たちを楽しませるためのショーなのではないだろうか。人間の不幸を好む悪魔にとって、視聴率を取れない挙句、妻を亡くしたジャックは格好の標的になってしまった。悪魔はジャックの欲深さと哀れな境遇に漬け込み、彼自身を悪魔を笑わせるための道化に仕立て上げたのではなかろうか。このTV放送を観ているのでは人間ではなく、悪魔。彼は悪魔と切っても切れない契約を交わし、永遠に悪魔の見せ物として舞台に立つことになるだろう。軽率に行った儀式の代償は大きすぎた…。
総括
本作は1970年代のテレビ番組の雰囲気を再現しながら、ホラー要素を巧みに織り交ぜたモキュメンタリータッチの作品だ。『エクソシスト』(1973年)や『キャリー』(1976年)、『キング・オブ・コメディ』(1982年)など1970〜80年代の名作映画のオマージュを含み、クールでレトロなビジュアルとリアルな映像演出は我々に新たな恐怖体験を与える。そして実際に生放送で起きた放送事故を見ている一人の視聴者のような気分になれる。作品の臨場感をさらに味わうためにも、ハロウィーンの季節に見ることをオススメする。
以上。