「0番目の患者―逆説の医学史―」リュック・ペリノ著 広野和美・金丸啓子訳
を読んだので、要約して紹介します。
本の概要
本書をかいたのは、フランスの医師、リュック・ペリノ氏です。
作家やエッセイストとしても活躍しており、一般人にも医学知識をわかりやすく広めています。
彼は本書で「ゼロ号患者」という言葉を用いています。
本来「ゼロ号患者」とは感染症学で用いられる用語で、集団内で初めて特定の感染症に罹った患者のことをいいます。
著者は本書で意図的に「ゼロ号患者」を拡大解釈し、医学、外科医学、精神医学、薬理学のあらゆる分野の患者に適用させました。
本書では、19例(「おわりに」の例を含めると20例)のゼロ号患者を紹介しています。
世界的に有名なものからあまり知られていないものまで、実に多くの例が挙げられています。
医学の進歩の歩みを知れると共に、負の歴史についても詳細に知ることが出来る本になっています。
著者の毒のある語り口も、本書の魅力の一つと言えるでしょう。
以下、本書から印象に残った部分を要約しました。
腸チフスのメアリー
19世紀末、アイルランドのメアリーは貧困から脱するためにアメリカへ渡りました。
渡米して数年、幸運なことにメアリーはあるお金持ちの屋敷で料理人として雇われます。
しかし雇われて2週間立った頃、雇い主の家族が腸チフスに罹ってしまいます。
一時的に職を失ったメアリーですが、またすぐにお金持ちの雇い主が見つかり料理人として働きます。
しかし再びその雇い主の家族らは腸チフスに感染してしまいます。
メアリーはまた別の家に移って雇われるものの、その家族もほどなくして腸チフスに感染してしまいます。
「ニューヨークでは腸チフスが流行っているのね…」と思うメアリー。
その後も雇い主を転々とするメアリーですが、どこに行っても雇い主の家族は腸チフスに罹ってしまいます。
そうした中、ある夫妻がメアリーを疑わしく思い、疫学者に感染源の調査を依頼しました。
病院で検査を受けた結果、メアリーは腸チフスの陽性と判断されました。
隔離生活を余儀なくされたメアリーでしたが、食品を扱う仕事に就かないことを条件に病院から解放されます。
しかしその5年後、とある産婦人科病院で腸チフスの集団感染が発生します。
その感染源はメアリーでした。
彼女は偽名を使って料理人として働き続けていたのです。
この事例のように、本人に症状はなくても他人に感染を広げてしまう可能性がある宿主を、「無症候性キャリア」といいます。
不名誉にもメアリーは、無症候性キャリアのゼロ号患者として歴史に名を残すこととなりました。
永遠に生きるヘンリエッタ
ヘンリエッタは夫と5人の子どもを残し、子宮頸がんでこの世を去りました。
彼女の子宮からはがん細胞が取り出され、研究室で培養されることとなります。
普通の細胞だと1週間足らずで劣化してしまうのですが、彼女のがん細胞は目覚ましい速度で増殖を繰り返しました。
彼女の細胞は「HeLa細胞」と名付けられ、不死の細胞だとメディアは騒ぎ立てました。
その後HeLa細胞は世界各国の研究所に送られ、医学の発展に大きな進歩をもたらしました。
HeLa細胞によってエイズウイルスやがん細胞の突然変異、放射能による人体への影響などの研究が可能になりました。
研究のためにこれまで製造されたHeLa細胞の総量は20トンにものぼります。
HeLa細胞は現在でも世界中で利用され続け、無限に増殖しています。
不滅の細胞となったゼロ号患者として、ヘンリエッタは永遠に生きています。
脳の無いサミュエル
既婚者で公務員のサミュエルは平穏な生活を好む穏やかな男性です。
彼は左足の鈍痛が数週間続き、歩き方までおかしくなっていました。
そのため彼は病院に行き、神経科を受診しました。
サミュエルは生後6ヶ月で水頭症を発症していたため、神経科医はCTスキャンとMRIを受けるよう指示しました。
そしてその検査結果は驚きのものでした。
なんと頭蓋骨の中は真っ黒に写り、脳がほとんど無い状態だったのです!
脳は暑さ1センチにも満たない薄い層になり、脳内に満ちた膨大な量の髄液が脳を頭蓋骨の内壁に押しやられていました。
彼の脳を徹底的に調べた結果、サミュエルには神経学的症状はほとんど無く、正常な働きをしていました。
そしてサミュエルが平穏な生活を好んでいたのは、脳が複雑な処理を避けることで少ないリソースを節約しようとしていたからでした。
サミュエルの症例によって、驚くべき潜在能力を秘めた脳の可塑性が証明されました。
サミュエルは、脳の大きさと知性は無関係であるという事実を広く知らしめたゼロ号患者です。
まとめ
「0番目の患者―逆説の医学史―」リュック・ペリノ著 広野和美・金丸啓子訳
を要約して紹介しました。
本書では数多くの病気や障害の実例が紹介されています。
その実例は病気や疾患、障害の他に、事故や薬害など多岐にわたります。
ですが、一部の医師や医療従事者の判断によって患者の人生が大きく狂わされた例が多く目立ちます。
医療を携わる人間が自らの利益のために利己的な行動を取ったり、保身に走ったりする事例に対し、著者は皮肉を交えて厳しく非難しています。
“病気を感じる人たちがいるから医学があるわけで、医者がいるから人々が彼らから自分の病気を教えてもらうのではない”
表紙の裏にも書かれている上記の言葉を肝に銘じて、医療の在り方についての見方を改めなくてはならないのかもしれません。
是非この本を読み、不可思議な病と医療の歴史についての知識を深めてみてください。
以上、村崎でした!